2009年12月6日日曜日

日本の二日酔い

日本の二日酔い
マクヴィカ・ヘンク
今年の春東京に留学に行った。新宿区でホームステーした。それは初めてだった。
ある日、友達と家に近い食べ放題と飲み放題の韓国料理のレストランに行った。レストランで色々な肉やスープやキムチ食べて、とても美味しくて、おなかがいっぱいになった.でも、食べ物だけじゃなくて、ソージューやビールやワインを飲んで、とても酔っ払ってしまった。夕飯の後で、立って、チェックを払った。
やがて家のベッドで午後十二時に目覚めた。「いったい何があった」と思った。僕はまだ同じ服を着ていたが、シャツやぼうしがちょっと湿っていて、とても汚れていた。何があった糸口を得るために財布と携帯を出そうとポケットに手を入れたら包装を解いて半分が食べられたスニッカーズのバーを出して、財布と家の鍵がなくて心配して、胸がドキドキし始まった.うまい事には、携帯があったのでヒロという友達に電話した.ヒロさんに「昨日いったい何があった?鍵と財布がないんだよ」と聞いた.ヒロさんは「マジで!お前は飲み過ぎてとても具合が悪くなって、やばかったよ。レストランを出てすぐ具合が悪くなって、皆がお前の世話した。皆の終電車の時にお前を連れて帰ろうとしたけど、帰っている途中お前が「大丈夫だ.ここから自分で歩ける」と言って、お前が元気そうだったから、後お前に任せた」と言った.僕は「そうか.ちょっと思い出せる。でも、鍵がなかったら、どうやって家に入れたかなあ」といった。ヒロさんは「ごめん、わかんない」と答えた.
僕は突然思い出した.昨日四時半頃に目覚めた。でも、僕は部屋のベッドにいなくてかえって全然知らないうちの庭で眠っていた。そして、雨が降っていた。起きたら、酔って帰ったが、家に帰ったところに鍵がないことに気がついた.とても寝たかったから失礼でも呼び鈴を鳴らした.でも、誰もこなかったので家の自転車の後ろにあるバスケットに入って寝た.三十分後起きてもう一回呼び鈴を鳴らしてみた.ホームステーの元子さんが出た。元子さんに「本当にすみません」と言って、部屋に行って、寝た。
でも、それが思い出してもまだ鍵と財布がある場所となぜスニッカーズバーがあるかわからなくて、とても心配した.最初に寝た庭を見つけたらいいと思ったから探しに行った.でも、すぐに寝たお庭はどこかはっきり思い出せないことに気がついて困った。でも、がんばらなければ行けなかったのでどこにでも捜し回った.うちからレストランまで全部の道を探した。そして、全部のコンビニに行って、店員に財布か鍵が見つかったかどうか聞いて回った。七時間探しても糸口を一つも得られなかったから事件を交番に知らせた。その後に、心配してがっくりして帰っている間にもう一回うちの前を探そうと思った。そこは最後の探す場所だからとても心配した。突然自転車のバスケットで寝たと思い出したから自転車のへんを探した方がいいと思った。それで、自転車のバスケットと自転車の下を探したが何も見つけられなかった.でも、立っていた間に自転車の隣の壁の上に何か気がついた。その壁の上に僕の財布があった。とてもうれしかった。十分間道で歌って踊った。
でも、鍵は見つからなかった。そして、この事件の前にもう一回鍵をなくしてしまったからホストおばあちゃんに伝えるのがちょっと怖かった。胸がドキドキしながら戻った。仕方がないので呼び鈴を鳴らした.早苗おばあちゃんが出た。「あ、ヘンクさん、なぜ呼び鈴を鳴らした。鍵がないの」と言った。胸がとてもドキドキした。「実は昨日ちょっと飲み過ぎて、鍵をなくしてしまったんですけど、もう交番に知らせました。本当にすみません」と言った。早苗さんは「大変だね.大丈夫かと聞いた。「大丈夫だ.すみませんと答えた。早苗さんはそんなに優しくてちょっとびっくりした。僕のホストファミリーは本当に優しくていい人たちだ。とても感謝した。
ところでこの事件の後で探しても寝た庭がついに見つけられなかった。僕はそのうちは魔法の消えるうちだと思うよ。

1 件のコメント:

Eurydice さんのコメント...

どこの国でも胸をドキドキさせる経験ですね、財布や鍵をなくすることが...私がニューヨークでも財布や鍵の入られたかばんをなくしたことがありますが、外国でそうすることがもっと酷いだろうと想像するほかはありません。その経験があっても、まだ飲み過ぎに行きましたか。似ていることがまた行いましたか。ホーストファーミリとはまだ連絡していますか。私は日本ではホームステーをしたことがないから、アメリカに帰った後でその関係が続いたかどうかということにちょっと興味があります。